滋賀県がん患者連絡協議会

 平成28年度 がん患者力・家族力向上事業

パネルディスカッション

第I部 パネルディスカッション「緩和ケアってなぁに?」


イントロダクションへ

座長

  • 菊井 津多子(滋賀県がん患者団体連絡協議会)
  • 八木 政廣 (滋賀県がん患者団体連絡協議会)

パネラー

  • 花木 宏治 先生(市立長浜病院)
  • 細井 順 先生(ヴォーリズ記念病院)
  • 山本 茂子 看護師(大津赤十字病院)
  • 夛田 勢津子(滋賀県がん患者団体連絡協議会)
  • 野崎 安美(滋賀県がん患者団体連絡協議会)
  • 水野 紀一(滋賀県がん患者団体連絡協議会)

お待たせいたしました。準備ができましたので、それでは、菊井さん、八木さん、どうぞ。先生方、皆さん、どうぞよろしくお願い致します。

菊井

皆さん、今、プレゼンテーションというか、私たちが作成したものを見ていただいて、多分いろんな気持ち、がん患者さんは自分の時を思い出してくださったり、また、医療者の皆さんは、ああこんなことがあるんだとか、医療者としての思いをいろいろ感じてくださったと思います。
改めまして、このパネルディスカッションの座長をします菊井と八木です。まずは私たちから自己紹介をさせていただきます。
私は、私自身も乳がんを23年前に(見えますでしょうか?大丈夫ですか?)しまして、4年目に再発しました時に、やはり患者会というのがあって、そこに入って、やはり同じ思いの方といる居場所を見つけたことで、今があると思っています。再発をしましたけれども、今元気にしております。そういった自分の原点でこういった活動をさせていただいています。今日のこういう機会を得ましたのも、とてもうれしいことだなあと思っております。どうぞよろしくお願い致します。

八木

すいません。八木と申します。私は膀胱がんで手術して、今7年目になっております。私自身はですね、そのがんというものがすごく不思議な病気だなと。二人に一人と言われながら、「がん」と言われると落ち込んでしまう。どうしてなんだろう。イコール、ニアリイイコール死ってのもありますけど、今医療も発達してだいぶなくなる方も昔から比べると減っている現状の中でやはり落ち込む。心筋梗塞など一瞬にして亡くなった方もいらっしゃいますけど、がんの場合は十分時間もあるし、最近は治るがんも増えています。なので、私自身の夢はカミングアウトできる、私ががんになったということをカミングアウトできる世の中が早く来てほしいなという思いでこういった活動もさせていただいています。本日はよろしくお願い致します。


花木

私は、市立長浜病院の外科と緩和ケアを担当しています花木と申します。私は外科医として患者さんの手術をしながら、病院を卒業された後も、患者さんと触れ合うことが大変好きです。やはり、患者さんの生の声をお聞きしますと、非常に強いインパクトがあります。どういう風に、病院を離れた後もですね、つらい思いがあったとか、それをどういう風に乗り越えてきたとか、非常に多くのことを学んできました。今回のこのパワーポイントを作るに当たっていろいろお話をさせてもらったんですけど、今日また会場の皆さんと生の声を聞いて、一緒に考えていきたいと思います。よろしくお願いします。

細井

ヴォーリズ記念病院でホスピスをしています細井です。よろしくお願いします。私は12年前に腎がんになりまして手術をして、今こうして元気にしています。なんでかようわからんけど元気にさせてもらってます。そんな感じで今日も、ま、人間ですからなかなか思うようにはいかないし、いつかはこの世からさようならをしなくちゃいけない。そういう中で、与えられた時間をどういう風に生きていくのが一番悔いのないことなのかな。そんなことを思いながら毎日過ごしています。がんと言われた時はいろいろありましたけれどもまあこうして12年もたってみますと、まあ、あれがあってよかったなぁと、がんになっていなければここにはいないでしょうから。そういって意味では良かったなぁと思いながら過ごしております。どうぞよろしくお願いします。

山本

大津赤十字病院の看護師をしております山本です。先ほど写っておりましたが、今はがん相談支援センターというところにおります。私は病気としてはがんではないんですけど、がんの母を家で看取った家族でもあります。今のがん相談支援センター、後で出て来ますけれども、やっぱり人生の上に於いていろいろ起こってくるいろいろな病気は厄介なことやと思うんですけど、そこに来た時に、やはり医療者としてでもありますがやっぱり自分の人生を振り返ることが起こってくるときに、そういうなでいろいろ考えた時に、一緒に考えさせてもらえる存在でありたいなと思うし、そこらへんに配属させていただいてるご縁を大事にしながら毎日お仕事させていただいております。
今日もまた、パネルディスカッションではもう少し緩和ケアの理解というところで一緒になって皆さんと考えさせていただきたいと思いますのでよろしくお願い致します。

多田

がん患者の多田と申します。8年前に三つのがんを同時に発症しまして、病院に運ばれた時にはもう余命が数か月だったのがもう8年、今、治療の甲斐があって、医療者の方に、本当、生きることを、生きなければいけないということを教えてもらって。最後に子どもたちに「お母さんはがんになってもいい人生だったよ。」と言えるような日々にしたいと思っています。また、今日どなたかの一歩を踏み出せる何かを持って帰っていただけたらと思って今日はお話させていただきたいと思います。よろしくお願い致します。

野崎

皆さん、こんにちは。がん患者の野崎と申します。よろしくお願い致します。
私は15年前に乳がん、そして2年前に子宮頸がんという二つのがんを頂きました。で、滋賀県がん診療連携協議会の緩和ケア部会の患者代表委員という形で6年目で委員させていただいてるんですけども、緩和ケアっていうのが患者にとってすっごい遠い存在で、なんか一生懸命先生方がお話しなさってる部会なんですけど、患者はそこになかなか、こう、歩み寄れていないというのをずっと実感する6年です。ということで、先ほど自分たちが作りましたパワーポイントを見ながらちょっと涙が出てしまいました。本当に、今日はいろんな意味で医療者の方、そして行政の方、そして患者の方、みんなが一つになって緩和ケアっていうのが身近に感じられる一つの会になれっていう風に思っております。どうかよろしくお願い致します。

水野

こんにちは。水野です。2年半前に大腸がんの手術をして、その時はステージの3のAだと言われました。なんか、ず~っと健康だったんで、ステージの3のAなんて言われたって何が何だか全然わかんない。それでその後でですね、「あんたのがんは5年後生存率が60%だ」って言われました。5年後生存率が60%だってことがどういうことなのかも当時言われた時はわかんないですね。それでちょっと考えてみたらすぐわかったんですけど、5年後生存率が60%で、僕は当時74でしたから5年後生存率が60%っていうと、普通あれですよね、日本人の男の平均寿命が80だとしたら、5年後生存率で換算すると5年後生存率が50%ということになりますね。平均値ですから。そうするとがんになったおかげで5年後生存率が60%って、10%も延びたと。これ、どういうことなんですかって。まぁ、それ以来ですね、がんと付き合ってますけど、ちょっとあんまり真面目ながん患者じゃないかもしれませんけど、今日自分の経験談をお話させていただきたいと思います。よろしくお願いします。

菊井

パネラーの皆様、自己紹介ありがとうございました。この壇上に上がっているみんなが、一人ひとりいろんな思いを持って今日ここに上がっているということがわかりました。今日は先生方に上がっていただいておりますけれども、私たち今日黄色のTシャツを着て、がん治療に向かう立場、みんな一緒だという、上も下もない、みんな一緒にがん治療に寄り添っていきたいという意味で黄色のTシャツ、みんなおそろいで着ています。先生方には失礼かなと思いますけれども、例えば、「花木さん」と、とっても言いにくいんですけれども、さん付けで呼ばせていただいていいですかということをお聞きしましたら、OKが出ましたので、時々、先生って言っちゃうかもしれないんですけど、さん付けで、この会場がみんなおんなじ線上にいるという、そういう一体感の下に今日は進めていきたいと思っています。
さぁ、今日会場に来てくださってる方が、どんな方が来てくだっさてるかをちょっとお聞きしたいと思います。
来賓の方々、先ほどご紹介しましたけれども、医療者関係でない、住民の方とかがん患者さん、家族さん、ちょっと手を挙げていただけますか?医療者の関係でないという方、大きく挙げていただいて。何割くらいですか?6割くらい?6割くらいの方が今日会場で医療者じゃなくって一般の方。例えば、が、がんと向き合ってる、でもがんと向き合ってなくても、今二人に一人ががんの時代なので、多くの方ががんと向き合ってると思います。
それでは、この中で、「緩和ケア」という言葉を知っているという方、ちょっと手を挙げてください。はい、医療者が手を挙げてくださったので、ほぼ9割。ちょっと私たちと予想と反してたくさんの方が、「緩和ケア」ということ、言葉は知っている。そしたら、「緩和ケア」ってどんなイメージを持っているかをこの会場の中にいらっしゃる方、誰か簡単にお話しいただける方、いらっしゃいますか?マイクの方が走ります。はい、どうぞ、手を。簡単に。どうぞ。「緩和ケア」ってどんなイメージを自分が持っているか、イメージは正しいとか間違ってるではなく、ご自身が持ってるイメージをちょっと簡単にお話しいただけるでしょうか?話が長くなったらチンを鳴らす用意もしていたんですけど、手が挙がらない。この時はシナリオになかったんですけども、えー、知ってる方、ちょっと言ってもいい?いかがでしょう?

会場

印象としては終末期の医療というかんじでとらえていた。

菊井

今、私が名指ししたのは、ピアサポーターの方で、ご自身もがん患者さんなので、今の言葉、「終末期の医療だというイメージを持っていたけれども、今は少し変わった。」ということでよかったでしょうか。
はい、じゃぁ、「緩和ケア」のイメージを無理やりでお聞きしましたけれども、「緩和ケア」って、いつ、どんな時に受ける治療を言うのかって説明できる人、いますか?誰もいらっしゃらない。9割知ってるって言うてはったけど、誰もいらっしゃらない、ということで、ここで花木さんに、言いにくいですね、花木さんに、「緩和ケア」っていつ受ける治療のことかお話していただきたいと思います。花木さん、お願いします。

花木

はい、今この会場の方、ほとんどの方が「緩和ケア」って言葉、ご存知でしたよね。皆さん、イメージの中でまだ「終末ケア」言われた通り、そういうイメージが強かったと思います。ただ今はですね、その「緩和ケア」という言葉自体が患者さんのすべての辛さに対して対応するという言葉で私たちは使っています。わかりやすく言いますとですね、患者さんがもう病院に来られた時には、私はがんかもしれない、ということですごい辛い思いをしていく、で、それに対して心情的なケアをすることも「緩和ケア」です。ですから、もう病院に入った瞬間に実は「緩和ケア」って始まってるんですよ。もちろん告知があったり、治療があったり、病状の進行があったりする場合、やっぱりそのポイントポイントでより「緩和ケア」というものが大事になってくる。では、誰が提供するかと言いますと、医者だけじゃないんですね。今、もう病院スタッフ全員です。あのー、看護師だけではなく、薬剤師だけでもなく、もう病院にいる方が全員で皆さんに提供する。で、それも「緩和ケア」はその病気にわたる、全般にわたって、もうベースとなる学問、サービスであって、いつ提供するんじゃなくて、もう全体です。もっと言えば、もしかしたらもう、病院離れた後も、卒業した後もずっと「緩和ケア」続くのかもしれません。対象も患者さんだけでなくて、患者さんの家族も第2の患者と言われてるみたいですから、その人たちに対するケアも含めて「緩和ケア」という風に今は呼ばせてもらってます。

八木

ありがとうございます。
今のお話ですと、「緩和ケア」というのは、病院に入ってから、或いは退院されてからもずっと続けてってお話がありました。
それでは、「緩和ケア」っていう一言でわたし共も言っていますけれども、「緩和ケア」ってどんな治療とか、どういう風なものに、私共、先ほどプレゼンテーションで、例えば体の痛みとか精神的とか、社会的とか、霊的って出て来ましたけど、そういった種類もいろいろあるかと思うんですが、実際の医療の現場で「緩和ケア」ってどんなものがあるのか、種類、私共もよく解りませんけども、その辺りを細井さんちょっとコメント頂けるとありがたいんですが。

細井

はい、「緩和ケア」にどんな種類の緩和ケアがあるのかという、そういうこととはちょっと私の返事はちょっと違うかもしれませんが。私自身もがんになった時に、なりましたと言いましたけど、その時にやっぱり感じるのは、これが治るか治らないか、元通り治癒するかどうか、ということよりもですね、このがんを患った体で、この先どうやって生きて行ったら自分の人生を全うできるか、ということを考えました。ですから、そのがん患者さんというのは自分が病気は病気として、病気を背負った自分としてどうやってったら神様からもらった命をきちっと使い切ることができるのか、とかね、そんなことを考えるもんなんですよね。現実的には、お金の問題とか、仕事がどうなったりとか、子どものこととか、そういう、このがんを、人間っていうのは命を背負わされてますから、さらにそのがんと言う重荷を背負わされて、これからどうしていったらいいかという、さらに生きづらさを抱える。その生きづらさに対して何ができるかということを、緩和ケアでは考えています。だから、その、医者であれば痛みを取るとかね、そういったことを中心にやりますし、或いはその痛みが取れたら、なんでこんな病気になったんだろうということも出て来ます。そういった時には、医者だけでは手に負えなければ、まぁ、宗教家の関わりとか、臨床心理士とか、そういう人達もいるだろうし、お金の問題が出てきたときには、ソーシャルワーカーの人たちがいろんな社会的支援のことを相談してくれたりとか、後は精神的なサポートが必要だと言えば精神科の先生が来てくだっさったりとか、何よりもかによりも、私はこんなにつらいのよと言えば枕もとで診てくれる看護師さんがいたりとか、そういったようないろんな職種の人が合わせてやっています。という中で、でも何が一番大切かというと、私たちは医療者としてあなたを助けますよ、という目線じゃなくてね、そうですね。辛いですね、私たちも同じ人間だからやっぱり辛いんですよ。その辛さを共有することとかね、医療者だから、私たちは健康だから何かを、いろいろ知ってますから何かをするっっていうんじゃなくて、同じ人間同士での弱さとか、無力とかできなさとかそんなんありますから、そう言うものを共有しながら一緒に考えて行こう、一緒に悩んでいこう、そこが緩和ケア、ホスピスのポイントだと私は思ってます。

八木

ありがとうございます。今お話しいただいた辛さを共有して一緒に考えていきましょう。先ほどの先生、医療者から言われてありがたい、うれしい言葉として、一緒に考えてやっていきましょうと。何でも聞いてくださいという言葉がありましたけど、まさにそのことをおっしゃっておりました。そしてもう一つ重たい言葉は、どういう風にやっていけば自分の人生を全うできるのかという視点から見てくださる、って言うところがすごくやっぱりありがたいというか、自分自身の生きざま自身を素直に出してそれをうまく結び付けていくって言うことがすごく大事なことだと思います。で、先ほどのお話の中で、「告知」って言葉も出て来ましたけども、告知の時って頭の中真っ白になって、やっぱり落ち込んだりって言うことが結構多いという風には聞いております。ということでですね、患者の者も、私たちの仲間が来ておりますので、「告知」の時の体験を少し話していただきたいと思うんです。
多田さんの方から、よろしいですか?

多田

私の「告知」は、多分皆さんと違って検診で見つかるとか、ちょっとの異変を感じて早めに病院に行ったりとかで告知される方が多いと思うんですけど、私はちょっと数年胸の変化は続いていながら行けなくて、だんだん怖くなって何が怖かったかというと、「こんなになるまでなんでほっといたん?」って言われるのが一番怖くて。スライドショーの一番最初にもありましたけど、本当に瀕死の状態で運ばれた時に、救急の先生が私の肩、ストレッチャーに乗ってる私の肩をポンとたたいて、「よう覚悟して来たねぇ。もう大丈夫やから。」って言った瞬間に何年分かの涙もあふれましたし、なんか、ほっとした気持ちでした。それでも生きることを本当に諦めていたので、即入院、半年という中で、やっぱり医療者というか、主治医の言葉、看護師さんの言葉で、生きる意味とか、楽しさとか、生きることをあきらめてることは間違ってるということを教えられたので、告知の時というのは、真っ白というよりも、がんだろうと思って覚悟して行っていたので、私はちょっと違うかもしれないですけど、それでも、やっぱり告知された時はやっぱりすぐには、「生きよう!」とは思えなかったですね。

八木

野崎さん、よろしいですか?

野崎

野崎です。私の場合は何回か、「告知」を経験してるんですけど、乳がんの時は、「無知の知」というレベルです。がんというものも、身近にがん患者もおりませんでしたし、病気そのものもあまり自分自身勉強もしてなかったので、「えー、私、がんなん?そうなん?」っていう程度で、まわりにも、「ちょっと休みます。」っていう仕事場の上司に言ったという感じで、全然がんが怖いとか、どうって言うような状況には取ってませんでした。怖くなったのは、本当に子宮頸がんの告知を受けた時やったんですけれども、まさかまさか、みんなががんになる時代ですけど、「二つ目のがんなんてそんなんあらへんわ」って言うように、たかをくくって行ったら、「悪い細胞が出ましたから、子宮全摘とまわりのリンパも全部取りましょう。で、入院はこの日です。手術はこの日です。足の方のリンパ浮腫があるかもしれませんので、この手帳に今から計測の習慣付けて、あしの太さ計っときましょうね。」みたいな話で、先生がさらっと言われて、「あれあれあれ?私、手術なん?ええええ?」って言う感じで、もうびっくりという状態でした。気が付いたらもう診察室の外にいまして、「しまった、これは」と思って、がん相談支援センター行って、「今、こんなん言われたけど、私どないしたらええねん?」って言うのをまず相談に行きました。で、本当にその時には、何にも覚悟もしてなかったし、もう大パニックが起きたんですけども、幸いにがん相談支援センターの方から、事細かくいろんな情報を頂きまして、「ネットで調べてみぃ」とかいろんなこと言われたのと、乳がんの時お世話になった先生方から、世界の標準的治療はこうやから、先生はエビデンスっていう言葉に弱いから、自分で一生懸命調べて、その言葉を使って、先生に他に治療法がないか、他に選択肢がないか、聞き出すのが一番と。で、それも、次に、聞き出すゆうても、なかなか言いたいことが先生の前では言えんやろからメモ書いて、先生に見てもらうくらいな覚悟で自分の言いたいことを全部メモして行き。それも一人では無理やろから、誰かもう一人付き添いをというようなこと言われて、娘二人同席して次行ったんですけど、本当に私がわぁわぁわぁと先生に「納得できません。手術は嫌です!」と言ったもんで、娘とか二人とも口開けてぽかんと見てました。そんなのが、私の「告知」の時の思い出です。

水野

えー、「告知」の思い出ですか?正直言って、精密検査を受けた後で先生から電話がありまして、家族の人と一緒にいつ来てくださいみたいな話があったんですね。「あぁ、来たな!」と思って、それで「あぁ、来たな!」と思ったんですけど、まぁ、その時は僕は何も感じなかったかなぁ。それで、って言うのが、私の親父が既にもっと前にすい臓がんで亡くなってますから、その時は、まだ「告知する」って習慣がなかったんだと思うんですね、おそらく。ですから私は代わりに先生から説明を受けて、もう末期ですみたいな話を受けて、その時のショックの方が大きくてですね、んー、だからそこで予行演習やってるから、自分の時はそんな大したことないだろうと思って。で、まぁ、そんなことで、「家族の人と来てください。」って言った時に、「家族はちょっと横浜に住んでるからわざわざ呼び出さなくてもいいでしょう。」って、「僕が責任もって聞きますから。」先生ははじめちょっと怪訝な声出されてましたけど、まぁ、それで押し切ってですね、告知を聞いたって話いう感じですね。もう、僕はその時は何も感じなかった。で、手術するんだったら手術していいなぁと思ったし、まぁ、それで治るかどうかは別として、まぁそれしか選択肢がないんだろうなと思って、ある意味で、「解りました。」と素直に受けることができた。そんな感じですね。あの、あまり司会者の質問に合わないかもしれませんけども、すみません。そんなことです。

菊井

十分合っております。多田さんがね、ここに上がっているのは、私たちと一緒に活動しているので本当に日々、日ごろから、思いとか聞いてるんですけど、今日は改めて聞いて、やはり多田さんは医療者の言葉、「なんでこんなんまでほっといたんや」って怒られると思って行ったら、「よう頑張って来たね」っていう言葉に助けられて、本当に、もう何年目になりますか?

多田

もう今年でちょうど8年。

菊井

8年目、多田さんに聞いてるとやはり医療者の言葉は患者を本当にこう、後ろから押してくれるってのがすごく大きいなと、多分みんなもそうだと思うんですけど、特に彼女からはそれをメッセージとして私たち本当に受けてます。
それと、野崎さんはね、二つ目のがん、始めは本当に全く何も知らなかったからということだったですけど、印象では二つ目のがんの告知の時に、医療者はたぶんもう、私もそうでした。手術日はもうこの日、次いつ来てください、ですごく速いペース。でも患者としては早く治療が始まるのはありがたいですよね。でも、あまりの速さに自分が付いていけない。で、病院の診察終わって相談支援センターに行って自分の気持ちを吐露して、で、ちゃんとしっかり自分の治療法を決めたという。その告知の時の思い出でよかったですね。
水野さんは、お父さんを亡くされた時、家族としての思い出、これは、患者も家族も同じがん治療に向き合う上で、苦しい立場って言うことですけども、家族としての思い出が大きい、で、自分の時は何も感じなかったっていうことをおっしゃってたので本当に水野さんおっしゃった「告知」の思い出って初めて聞いたんですけども、やっぱりいろんな告知の思い出ってあると思います。
会場の中で、「告知」の思い出、語ってもいいという方、いらっしゃいますか?
今日は医療者の先生とか、病院長とか、結構病院の先生方いらしてるので、こんなんだったって言うのをこの場でお話したいって言う方、いらっしゃいます?
また、私当てなあきませんか?どうですか?ぜひ、手挙げて、簡単にお話し下さったらいいですけど。あ、挙がりました。どうぞ、お話し下さい。

会場

私、今日は訪問看護ステーションの看護師として来ておりますけれども、多田さんにもお世話になりました。滋賀医大で多発性骨髄腫とアミロイドーシスということで、告知を受けて、緩和ケアにも長浜病院で少しお世話になったことがあります。告知の時の、ということでしたが、私の場合は主治医がすごく上手くて、私が看護師ということもわかっていたので、始めは軽く「アミロイドーシスって知ってるかなぁ?」それでその日は終わりだったんです。で、その日から私はアミロイドーシスについていろいろと調べます。あと、血液内科に回りまして、血液内科の先生はとても、それまで循環器内科の先生はすごく初めから寄り添って寄り添ってという形のペースで説明してくださいましたが、血液内科の先生はしっかり書いて、これがこうでこうだから、こうです。って言う説明をサササっとしてくださいまして、ま、私が医療者だってこともあるし、多分もう調べてるだろうなって言うのもあったのでそんな感じの説明を受けましたが、その時に思ったのが一つ、ここからこの先生のお世話になる時に、この先生にしっかりしがみついてじゃじゃ馬に乗るような気持ちの覚悟をしなければいけないんやな、という風に、今迄みたいに、めそめそと先生に泣いているようではあかんのかなという風に思い直した覚えがあるんですけど、すごく寄り添っていただける先生も、引っ張っていただける先生もすごく頼もしく感じて、どの先生の声もとてもありがたかったかなと今思って、今私が看護師として何ができるのかなって思いながら最近緩和ケアにとても興味を持って、いろんな研修をやらせてもらってるんですけど、そんな感じで、「告知」の場面って言うとあれなんですけど、場面的にはそんな感じでした。で、思いとしても、どんな告知でも自分が信じてみようと思ったので、どっちの告知も私には素敵な告知だと今は思っております。

菊井

ありがとうございました。医療者の立場であっても、先生がダイレクトにこう言わないで、ちょっと言葉は忘れましたが、何かを調べておいてねというワンクッションを置かれて、告知されていくってすごく優しいなぁって感じました。
もう一人くらい、誰かいらっしゃいますか?

八木

今日はですね、あまり緊張なさらないで会場と今日来ていただいている医療者の方も優しい人ばっかりなんですね。私たちがん患者にとってすごく立場になってお話していただけるので、皆さん、私こんなことが辛かった、医療者の方々にはこういうことをお願いしたい、って言うことがあればですね、是非、すごく近い距離で今日はお話をしたいと思いますので、遠慮なく手を挙げて頂いたらいいと思います。そうした方が、折角ね、今日来ていただいて、少しでも私ども役に立てることがあればそれが一番いいのかなと思いますので、とにかく、フランクで結構です。丁寧語もなくて結構です。気軽に質問なり悩みなりというのを、ま、あまりにもね個人個人の細かいプライベートの話になってくると分かりませんけど、私も理解できませんけど、ま、一般的にがん患者として先生とお話した時にこんなことが辛かったと、多分あると思うんですよね。或いは逆でもいいんです。こういったことおっしゃっていただいたことがすごく力になりました。そういったこともみんなで共有すればすごく役に立つと思いますので、是非、よろしくお願いします。いらっしゃいませんでしょうか?

すみません。私も今から思いますと15年になります。やっぱり振り返ってみれば、自分ががんと告知された時に、「あぁ、がんですよ。」って言われた時は、ガクッと来て、いすから落ちた覚えはございます。それから、えっ、まさかこんな健康な私ががんになるはずがないと思いまして、あちこちと、まぁ、遠くは愛知がんセンターまでも走りました。でもやっぱり、「がんですよ。」「真っ赤ながんですよ。」と言われて、「あぁ、これは仕方ないな。」と思ってまた帰ってきてそれから泣き続けた覚えもあります。それから最終的には、かかった先生が、「うん、がんやけどな、今なら間に合うかもしれん。だけど『5年生存率』という言葉を覚えているか?」と言われて、「いや、それもわからない。」ということで、手術に挑みました。肺がんでしたが、「とりあえず手術だけは成功させたから、これから自分の心得と、それから医者と仲良くして行こうな。」ということです。入院しまして2週間、3週間、約入院いたしましたが、今は看護師さんと申し上げますが、前は看護婦さんで通ってます、その看護婦さん達も先生方も一緒になって一丸になって、「前を向いて行こうな。」「明るく生きような。」「後ろは向いたらだめやよ。」という言葉に励まされて今日15年がたちました。

菊井

ありがとうございます。本当に医療者の皆さんの支えがあって15年。本当に良かったなと思って聞いていました。私たち、がん患者サロンって言うのを県内で9か所やっているんですけども、皆さん医療者に励まされたという今ご意見が出たり、この壇上でも本当にサポートしていただいたという話は出るんですけども、やはり告知の時に、もうちょっとこういう風にしてくれたらよかったとか、すごくショックを受けたとか、やはりそういった体験を語られる方いらっしゃるんですね。で、やはり先生方も本当に万全の気持ちで、告知の時って先生方一番やっぱり緊張されますよね。花木さん、どうでしょう。

花木

いきなり振られましたね。

菊井

あ、ごめんなさい。いきなり振りますので、皆さんに。

花木

ちょっとわたし感想から言わせてもらっていいですか?

菊井

どうぞどうぞどうぞ。

花木

さっき多田さんが言われた「よく覚悟をして来たね。もう大丈夫だから。」素晴らしい言葉だと思いますね。確か言われたのが若い先生?だったとお聞きしましたっけ?

多田

研修医だったんです。後で聞けば。後々聞けば研修医の先生だったそうです。

花木

私、同じように言えたかどうか自信ないですね。これは素晴らしいですね。
後は、先ほどの医者との信頼関係が大事だという、これはすごく私も大事だと思います。
ここからちょっと告知の話をさせてもらいますけど、告知を受けると患者さんって劇的にもういろんな環境が変化するわけですね。そういうときに、変わってくるのは体だけじゃなく、気持ちであったり自分の仕事であったり、まぁ人間関係も変わってくると思います。そこで、やっぱり告知するというのは、信頼関係、大事だと思うんですけど、最近、オレオレ詐欺もありますから、人間そう簡単には信用できないですよね。だから、やっぱり信頼関係を早くから作っていくというのは大事だと思います。
で、ただ、やっぱり患者さんとしては、まず最初に病状を説明を聞きたいのがスタートでしょうからもちろんその説明を始めます。で、ただですね、そのやっぱり冷静な心情ではないわけですね、患者さんは。ですから、もちろん十分な時間を懸けます、まずは。もう一つはですね、先ほど紙に書かれたのが非常に良かったという話がありましたけど、私もそうだと思います。やっぱり医者は専門的な言葉を使ったりしますので、で、患者さん、先ほど言われたように真っ白になってしまいますので、ま、ほとんどの方、やっぱり覚えてないですよね。ですからやっぱり紙に書くことは大事だと思っています。
で、それを、やっぱり情報を持って帰って、家族と吟味して、いまどきはインターネットもありますからそれまで自分で調べたりして、それでまた次ちょっと学んだ上でもう一回医者に会う、ということができますね。まぁ、告知もしながら1日の内に全部をやるわけではありません。やっぱり患者さんの表情とか、理解度を確認しながら、もしその時に患者さんがいっぱいいっぱいだと思われた場合には、改めてやっぱり時間を作ります。で、その時にまた次は、今日はもう気持ちがいっぱいいっぱいみたいですので次回のチャンスを作りましょうかって話しかけて、なるべく早い時間、しかも自分がたっぷり取れる、次の私の外来の一番最後に話させてもらったりします。
それで、理解度を見ながら、その時点で、最後まで聞かれる方は、最後まで聞かれる。次のチャンス、誰か家族を揃えて来られるとか、そういう方はまた待ちます。
「告知」が終わりました。と仮定しましょう。そのあとですね、医者の前では結構気丈にされてるんですね。結構診察室から出ると泣いてたという話をよく聞きます。そういうなんで、私は診察室にいるんで気付かないんですよね。そういう時は、やっぱり、外の看護師さんが気づいてくれるので、「先生、泣いてはったよ。」とかいうのを伝えてくれます。で、その時は、やっぱり次来た時に気遣いしますし、もしそれでもきつい場合は、もう一回診察室に入ってもらったりしてお声掛けをさせてもらったりしています。もしくはそういう相談員に、ちょっと僕の時間がないんで、向こうの部屋でゆっくり話し聞いてくれるので、そこに立ち寄ってみたらとお声掛けさせてもらったりしています。

菊井

ありがとうございました。本当に、先生がおっしゃった十分な時間をかけて、また紙に書いて、その時覚えてないっていうことが結構あるとサロンでも聞きますので、しっかりどういうことかを書いて、また帰って家族に説明するときも、「こういうことだ。」と言えるような、配慮だったり、本当にちょっと苦しくって、全部をいっぺんに伝えるには大変な時には、改めて時間を診療の後に持ってきてお話されると。本当に素晴らしいその告知の仕方、って言うとおかしいですか?患者に伝えるということ、でもそういうことをしていただいて、初めて患者ってこの先生を信頼して自分の体を、治療は自分でできませんからね、この先生にしっかり治療をしてもらおうという信頼関係の一歩をまずそこの場面で築いて行く。で、患者って、サロンなんかで先生の悪口が、言ったらいけないんですけどね、やっぱり出るんです。あ、言ったらいけなかったかな。やっぱり出るんですよね。なかなかうまく先生とコミュニケーションできない、自分の想いを伝えられないっていう時に、やはりこういう信頼関係をその時に築いて行くというのは患者、告知だけじゃないですよね。ず~っと治療しながら信頼関係って続いていくから、はじめの一歩で先生方がしっかりとした告知、それも医療者の立場からの告知じゃなくって、患者さんを思った告知、ですよね、多分。患者さんに焦点を当てた告知の仕方って言うのが、ちょっとシナリオにないことを言って、菊井さん何言ってるの?って感じですけど。でもそれをしてくださってるというのを聞いてすごく安心しました。そういう告知が県内とか、がん患者さん全てにこうみんなやっていくととてもいいと思います。なんか、細井さんが言いたいとおっしゃっています。どうぞ。

細井

でも医者の言葉って解りにくいですよね。私ががんの患者になって手術の説明を受けましたけど、その手術の説明がよう解らんかったです。ぐらいに、私は医者で、外科医もしましたし、手術の話も何回もしてました。何回もしてたし、解ってるやろなと思ってサインもお願いしますとか言いましたけども、結構聞いてる方の立場になったら、何言ってるのか、この先生何を言おうとしてるのか、それが今一つよく解らなかった。だから私は、こういう手術をしてほしいと自分で書きました。それは患者の気持ち、インフォームドコンセントのためにっていう、そういう言う一文を書いて、主治医と担当看護師に渡したんですけど。ま、それは良かったのかどうか、こうやって生きています。やっぱりね、医者は自分の業務の中で話をして納得させようとしてやりますけども、同じ共通言語がなかなかないので、1回きりでは。だから、1回きりでは解りません。それは当たり前です。それで、やっぱり解らんかったらば、また先生聞かしてくれとかね、ちょっと先生、それ解らんのやけどそれどういうことか、先生には時間を取らして悪いけれども、やっぱりここは私は知りたいということを自分の気持ちだけは伝えんとあかんです。わかったようなふりをして、ハイハイ、解りましたんでまたよろしくお願いします、だけで帰ってきらあきません。しっかりそこが信頼関係の基です。そこをやっぱり患者さんはぐっとやっぱり医療者と対等にとはなかなか難しいけれども、自分の気持ちだけはしっかりと伝えるように。医者も、医者って言うか、医療者もそれをしっかりと受け止めて、次の患者さん待ってるから早く行ってなんていう態度を見せないでね、そこはしっかりと聞いてやることです。

菊井

本当になんか、診察室で先生の前に座ってる時って、借りてきた猫みたいに、本当にね、いい患者になりますよね。で、先生おっしゃったように外に出たら解らなくて、あの時もっと聞いとけばよかった。あの説明、もっとしっかりしていただいたら良かった、と思うんですけども、それを細井さんは、自分で二通りを体験された、んですよね。医師としても、患者としても。っていうことで、やはりその、この会場にも医療者でがんになられた先生もいらっしゃるんですけれども、やはりその花木先生にがんになれとは言ってないんですよ、私はね、ただやはり体験しないと分からないことって人生いっぱいありますよね。がんだけじゃなくって。でも、専門職、医療者としては体験してないから解らないじゃなくて、やはりそこはがん患者に対して、解るように説明、あ、また、余計なことを言った…どうぞ、花木さん。

花木

私はがんになってませんけど、私の叔母が阪神大震災で亡くなったので、その「命を失う」という難しさとか厳しさとかその後はどうなるかというのは心得ているつもりです。

菊井

大変失礼なことをいたしました。そういうことだそうなので、花木先生、あ、花木さんはとても丁寧にされてる、というと、してない先生を私が捜してるようでいけないんですけど、そうではなくて、今、花木先生も、細井先生の話からも、ここは先生と呼びます。がんの治療の先生だけじゃなくって、その診察室の後ろでいてくださってる看護師さん、また、終わってから私も声かけられました。37の時だったので、「あのう、大丈夫ですか?」って。診察室出てから、こうやって(肩に手を掛けて)「大丈夫?」って。再発した時もこうして(頭を深く垂れて)椅子に座ってたら、「わぁ、久しぶりに来て大丈夫?」って声かけてくれた看護師さん。やっぱりすごくうれしいですね。で、看護師さんてすごくしゃべりやすいんですよね。お母さんみたいな、お姉さんみたいな、先生には言えないことも言えたりするので、今日は山本さんが来てくださってますので、山本その辺の告知で看護師さんとしてどんなふうなことをね、されているかをちょっとお話していただけたらありがたいです。

山本

告知の場面は外来での話が今出てましたが、入院中でもお受けになったことがあるんじゃないかなぁと思うんですけど、私、今病棟とか外来の配属ではなく、先ほどから行ってますがん相談支援センターに配属されてまして、その場合ですね、がん相談支援センターの相談員の看護師ということで、先生方が病院も外来も呼んで下さることが多いんですね。
で、先ほど菊井さんが、外来の時に後ろにいてて、「大丈夫ですか?」ってお声掛けは病棟とか外来の看護師がやっていると思うんですけれども、「本当に今日、大切な話をするから来てね。」と言われる時の付いてることが今は私は多いので、その話を少しさせていただきたいと思うんですけれども、やはりね、先生って非日常じゃないですか。そこで先ほど細井さんが言ってらっしゃいましたけど、先生はできるだけかみくだいておっしゃってるつもりなんですけど、結構医学用語がカーッと並んでまいります。
それで、患者さんは見ていると、ふんふんと頑張ってついて行こう、頑張って聞こうとされてらっしゃるんですけど、全員が同じように解ってくださってるとは到底思えませんので、先ほど先生も、もう一回とか、何回でもお時間でもお時間頂戴するようにしたらどうやって言うヒント言ってらっしゃいましたけど、その先生の話の後に、私また別室で、たいがい患者さんとご家族さんがおられてですね、そこ、別室を頂いております。
で、そこで、「今の先生のお話が解りましたですか?」という感じで、「どの辺の理解、(理解度って言うんですかね)されましたか?」って言う風に聞きます。それで、「ここが解りにくかった」とか、「ここはどういうことですか?」っていうのもその時質問して下さるんですね。それは看護師やからなんですね。やっぱりそういう意味では、「『何々』って言うてはったことが、何のことですか?」とかよくおっしゃいます。で、「こういうことですよ。」って言うのを私いつも冊子をもとに、先生、字で書いてくださってるんですけど、やっぱ、「絵」って言うんですかね、それで説明させていただきまして丸を付けたりして、ここですよとかいう感じでして、解りにくかったことを補っています。
で、その次にですね、あと、今お話を聞かれてやっとですね、「どうお思いになられましたか?」という風にやっと進んでいくんですね。先ほど皆さん、真っ白になったなあというような感じで一般的には本には書いてあるかもしれませんけども、患者さんによっては、「私多分がんだろうな」と思って、その場面にお話聞きに来られてる方も結構多いので、「真っ白になった。」と言われる方よりもですね、私の印象では、「そうやったな。」という確信をしたことが辛かったとか、そういう方の方を結構お見受けすることが多い。もちろん「がんでないはずやったのに。ほんまですか」という方も多いんですけど、ある程度ね検査を全部そろった中での本当にこうでしたということが多いので、何回も検査とか受けてらしてですね、時間が経ってらっしゃるんですね。だから、そういう意味では確信「やっぱりそうやったか。」ということから始まることが多いなという印象をちょっと持っています。
そっからですね、そっから患者さんとお気持ちをしゃべっていただいてからさっき言ってはった次の治療のお話なんですね。それはどういう目的でするか解りますか?と、看護師としては順番に進んで行って、なるべくそこで治療の目的と共にですね患者さんがいろんなこと質問されます。本当にこれをしたらどうなるんだということも、副作用も。そういうことなんですけどそのようなところに、例えば調べてらした免疫療法はどうだろうかということとか、先生に言えなかったんだけども、その前にこれをしたいんだけどとか言うことが、先生じゃなくて、まず看護師に来る方の場合も多いんですね。だけれどもそう言う時に、なんで先生が今標準治療、今のあなたの病気に今提案させてもらったかをここで言っておる。
そんな感じで、まずはこの病気が来て大変やけど、次に治療を、医療をお医者さんが提案、医療が貢献するために、提案していることの意味って言うんですかね、それを1回入れて、そっからもう一回お聞きになるんやったらやっぱり時間を取っていただいたらいかがですか?それは、初めて先生に向かったのに、「お時間頂戴もう一回したい」って言うてええのかどうか大変ですので、そういうことをするのと、時間がいるなと思ったらがん相談支援センターに来てくださいということで、紹介してゆっくりそこで同じように聞いておるというのが実情です。

八木

ありがとうございます。
今もお伺いすると、先生方はすごくまたね、今日来ていただいてる方は患者の方の立場に立った医療というのをすごく考えて頂いている感じがしますし、看護師さんの方もその後のフォローということですごく一生懸命やっていただいています。私たち患者にとってはですね、例えば告知の時ということで頭が真っ白っていうようなこと言いましたけど、頭が真っ白になるのはもちろん私たち患者は告知の時だけではないですよね。当然再発とか転移と言えば真っ白けになるし、或いはがん治療の治療方針を医者から言われた時、特に抗がん剤で、女性にとっては頭の毛が抜けるわってことになってくるとすごく精神的ショックが出てくるんだろうと思うんですね。ですから治療中もそういったことはあるでしょうし、或いは一定の治療が終わって退院する時も今度在宅ですごく不安、特に副作用とか後遺症とかってのも当然治療の中で出て来ますから、私自身先ほど膀胱がんと言いましたけど、膀胱取ってますので人口膀胱しております。そうするとそのスキンケアとか人口膀胱のお世話をしないといけない、そういったことの不安もあるわけですね。そういった中でどういう風に私たち患者はお医者さんの方に問いかけをしたり質問をしたりって言うことができるのかということで、今日来てらっしゃる方はみんな優しいのですぐに問いかけも質問もできるわけですけど、一般の治療の中でみんながみんなそれができるという風にもまだまだ評価できないのかなあと考えております。そういったところで、今もうすでに出て来ましたけれど相談支援センターというのがあります。今日お手元にお配りしている「滋賀の療養情報」のところのですね9ページ、右下のところにちょっと字は小さいんですけど、ここは「がん相談窓口」という表現で書いております。こういったところに相談できるところがあります。
全て無料でどこの病院のがん相談窓口に行っていただいてもだいたい大丈夫だと思います。そういったことでですね、また会場の方に問いかけをさせていただきたいと思いますが、「がん相談支援センター」があるということをもうご存知の方、どれくらいいらっしゃるでしょう?あぁ、かなり、ほぼほぼ9割、もっとですかご存じなんですね。はい、ありがとうございます。そうしましたら、その中で「がん相談支援センター」に行かれたという方、いらっしゃいますか?あぁ、ぼちぼち、5人、6人ぐらいですか。数名。10名までは行かないですかね。そういったところでですね、「がん相談支援センター」に来られた方がどういったような相談を…失礼しました。相談支援センターで、先ほど山本さんの方からお話しいただきましたけど緩和ケアに限ってどういう風な相談があったかというのをちょっともしお話しできるのであれば。

山本

今日のテーマが緩和ケアですよね。そこに話戻させてもらいたいと思うんですけど、今のように知ってらっしゃるんですけど実際にご利用されているのは多分5%ぐらいですか。100人おられたら5人とか6人。それが相談窓口利用状況になっていますね。
それで、「がん相談支援センター」、ほんま何でも相談ですので、緩和ケアだけの相談を受けているところではないんです。なので、そんな中の来て下さる方の相談の緩和ケアのことと思ってもらったらいいと思うんですけども、先生が、「緩和ケアをそろそろ受けたらどうだ。」と言われたけれど、「緩和ケアって何ですか?」というふうに来られる相談がやはり多いなというのと、後は、先生具体的におっしゃっていてですね、緩和ケア病棟の話が出てらっしゃるんだと思うんですけども、緩和ケア病棟ってどういうところですか?どこにありますか?そこで私は何をしてもらえますか?というような内容のご相談もありますし、緩和ケアって何なんや?って、皆さんが解りにくい、概念的に解りにくいと思います。
先ほど、治療に、病院に来ていただいた時から、退院された後もって言うことやけど、おっしゃっている最後までちゃんと、きっちり苦痛を取るのに一生懸命行生きますよというところまで含めてずっとあるので、緩和ケアが、だから、「今なんで先生が緩和ケアを私に勧められるの?僕に勧められるの?」っていうことの意味がね、やっぱり解りにくいし、最後に受けるケアなんでしょ?っていうところのご相談も結構あります。もちろん。ということなんで、やっぱり解りにくいかなと思います。
一番解りやすいのは、体にしんどいことがあって、それを楽にしてもらえるのには、だってでも主治医の先生頑張って楽にしようと思ってやって下さってますよね。治療そのものもお体をやっぱり、がんをできたら取り去りたい、取って楽にして差し上げたいし、抗がん剤も副作用はしんどいけど、それでがんを痛めつけて、弱らせて小さくさしてサイズを小さくさして他への転移を予防さしてがんばってますので、結局は全部緩和ケアですよね、そうなると、何が何やらというところだと思います。
だから、すごく解りにくいんやけども、実際やっぱり治療がやっぱり続けて行かれるのがしんどい方にね、もう治療はいったん止めてね、緩和ケアいかがですかというお医者さん、医療者からのお勧めも多いのかなぁと思うんで、概念がよく解らなくなってということが多いのと、適切に私はすっかり調べられて受けた、実際に何をしてもらえるんだって言うことも多いです。
緩和ケア病棟につきましては、やっぱり滋賀県中、もしくは私ら大津なので京都に近いので、京都近辺全部つかんでまして、だいたいその病床数とか、お値段とか、受けられるケアとか、例えば命のスープが得意な大津市民病院さんとか、特徴が時々いろいろあるんでね、そんなんとかをされてますよとか、とりあえず何があなたに合うのか解らないんでということで、情報を、持ってらした情報とか、全然ない方には平等で一応情報をお与えしております。
ただ、自分で見学に行かれるってことがやっぱり一番いいのかなと思って、それもお奨めしたりとか、してることもあります。そこに来られた方のニーズがいろいろなので、一概に何とも言えないなぁというのもありますけれども。あぁ、あなたはこれが知りたいんですねということで、情報センターなんですね。相談センターね。だからあなたが、来てくださった方が欲しい情報を、自分らの手元にないのであれば調べる時間を頂戴して、お渡ししているって言うのが、私たちの緩和ケアの相談があった時にやっていることになります。

八木

ありがとうございます。何を持って行っても答えてくださる「がん相談支援センター」という風に聞き取りました。ですので、遠慮なしに、もちろん無料ですので、聞きたいことはすぐに相談支援センターに行きましょう。先ほども、お話頂いたけども、医療専門の先生、医師から説明されたことって、先ほどもありましたけど、専門用語がどうしても入ってきますよね。専門用語以外の言葉を使うってできないような言葉も中には入ってくるんだろうと思いますね。そういった時に、わからないことはまた相談支援センターに行って具体的に時間をかけて説明を聞くということであれば、どんどん少しずつ理解できてくるんだろうと思います。ま、そういったことで、何でも相談、よろず相談のがん相談支援センターに行かれたことのある多田さん、その時のことをお願いします。

多田

私は、最初にもう瀕死の状態だったし、真っ白だったので、「治癒はしません」と。「一生抗がん剤だね。」と先生に言われて覚悟は決めていたんですが、もともと能天気でスーパーポジティブなんですけど、今年の1月に子宮頸がんが再発して、多発肝転移ということで、子宮頸がんの再発に関してはもう治療が、放射線もできない、手術もできない、ということで、抗がん剤しかないということで、今抗がん剤治療してるんですけど、その時に、抗がん剤の副作用なのか、それとも痛み止めの吐き気なのか、なんか解らないんですけど、春から今回にかけて、10キロ、食事が摂れなくてというのがあって、骨転移のお薬の副作用で顎骨壊死にも今なっていて、非常にそちらの方がしんどい状態なので、食事が摂りにくくなってきたことがものすごく不安になって、食事を摂れなくなって弱っていくお友達を見たりしていたので、すごく不安になってスーパーポジティブだった私が診察室で、食事を摂れないという話を先生に報告した時に初めて診察室で大泣きをしてしまって。それで先生の方が、そこで泣いて一旦おさまったんですけど、帰る時にね、相談支援センターの存在はもう本当に私は知っていましたけど、先生が、「帰りに相談支援センターに寄って行ったら?」ていう一言で背中を押していただいて、そうかと、今相談支援センター、よろず相談とおっしゃいましたけども、私は泣くだけに行ったという。ちゃんと上の方から、緩和病棟の方から臨床心理士の先生降りて来てくださって、で、泣いて帰りました。で、私は子どもの前では絶対泣かないと決めているので、泣く場所は病院であって、受け入れてもらえる場所だと思ってて。先生があの時、「相談支援センター、寄って帰ったら?」ってなければ、そのまま家に帰って、家で泣いていたんだろうなと思って。本当にその一言、で私はすごく救われた、ですね、はい。

菊井

ありがとうございます。本当に先生からの一言、一押しって患者ってとても大事。私も経験してますね。相談支援センター、皆さん多分知ってらして、でも5%ぐらい、行ったことがある人は5%ぐらいということは、やはりなかなかあって、私たちも入りやすいようなんしてくださいよってがん対策の会なんかで言うんですけど、やっぱり患者って入っていくのってすごく勇気がいるんですね。やっぱり先生とか看護師さんが連れて行って下さったら一番いいけれど、そこまでなくても「一回寄ってね。」がん相談支援センターにちょっと連絡入れといていただいて、「今日こういう人が行くかもしれないからね。」って、言ってくださってると、やはり多田さんの経験が一番大きなと思うんですけど、また、食べれないことでもうガーンと落ちたのが、泣いてまた次進もうという気持ちになったという、本当に相談支援センターの役割って大きいと思います。先ほどから言ってるように、今日の療養情報のところに相談窓口って言うのが載ってまして、私たちは山本さんをはじめ多くの相談員の方々を知っています。専門のことも、国立がんセンターで研修を受けてしっかりされてますし、患者に寄り添うという気持ちを皆さん持っておられるので、是非何か困った時、泣きたい時、話したい時でもいいんですよね多分、何かこんなに良かったのよということをというと、相談室のセンターの方は喜ばれると思うので、もっと身近に私たちはお付き合いして行ったらいいかなと思います。そうなると先生方はちょっと遠くになってしまうような、あ、先生言うたらあかん、あ、先生ですね。にはなってしまうとは思うんですけれども、あのう、緩和ケア外来のこともお聞きしようかと思ったんですけど、たっぷり時間あるからとおっしゃったので、緩和ケア外来というのが、この療養情報の24ページ・25ページに一覧が出ています。多分、緩和ケア病棟というのは聞かれたこと、ホスピス病棟とか聞かれたことあると思うんですけど、緩和ケア外来って言うのは、どういうことをしてくださるのかを、花木さん、お願いします。

花木

緩和ケア外来のことを話す前に、先ほどがん相談支援センターの話ありましたけども、どうしても一般科の医者と患者さんという立場である以上、どうしても越えられない、私は仏さんのような医者であっても、患者さんは言えないことってあると思うんですよ。やっぱり金銭的なこととか、社会的なこと、なかなか言いにくい。そういうことを緩和ケア外来は総合的に診れる科になっています。そのために私たちは十分な時間を取ってますし、スタッフを複数揃えてます。医者だけで見るとやっぱり非常に見誤ってしまうので、医者以外の視点も非常に大切にしています。ですから、少なくても認定の、看護の認定の看護師さん、もしくはがん専門の看護師さん、やっぱり仕事のこととかそういう相談があればもちろん相談員の方とか、家の方で過ごし方を聞きたい人には、在宅医療の専門看護師さん。その時々で必要なスタッフを揃えて対応していく。やっぱり患者さんを総合的に特別な時間を使って診れるのが緩和ケア外来だと思います。ただ、私は緩和ケア病棟のない病院なので、ちょっと違う意見があるかもしれません。

菊井

今日、先ほどご挨拶いただきました堀先生。成人病センターの緩和ケア病棟のセンター長、でいいんですね。堀先生にちょっと緩和ケア病棟と緩和ケア外来が、成人病センターには二つあるので、少しその辺のことを説明をすみません、会場からですが、お話していただけたらと思います。

すみません。この場所からちょっと説明させていただきたいんですけども。
皆さん、今日いろいろとお話を聞いて、頭の中がこんがらがってるんじゃないかと思うんですよね。「緩和ケア」っていうのはものではなくて、これは概念なんですね。目には見えないんです。「緩和ケア」という考え方は先ほど少し言いましたけど、ホスピスマインドというのがまず最初にありまして、患者さんを総合的に診ていく。そして患者さんに寄り添って、患者さんを支え、寄り添い、最期まで患者さんが楽に過ごせるように支えていく心、なんですね。
ですから、「緩和ケア」という言葉がいろいろついてる「緩和ケア外来」「緩和ケアチーム」「緩和ケア病棟」といろいろあるのでこんがらかってるところもあると思うんですけども、まず「緩和ケア」はそういった目に見えない概念的なものであるということを理解していただいた上で聞いてほしいんですけども、私共のところでは、「緩和ケア外来」「緩和ケアチーム」「緩和ケア病棟」この三つとも実態として存在しています。
「緩和ケア外来」というのは、私たちが主にやっているのがですねまず第一に症状緩和です。症状緩和と言っても、体が、体の面でどっか痛いとか、呼吸が苦しいとか、むかつくとか体がだるいとか、いろんな辛い症状がありますけれども、そういった身体的な症状にできるだけ専門的な知識で対応するという、それが第一ですね。それから心にもあるんですけども、私共の病院では、精神科の先生も緩和ケア外来をしていますから、心の痛みですね、については精神科の先生がやっておられる緩和ケア外来がございます。そういった症状緩和というのがもう一つです。それからもう一つがですね、その身体症状、身体的な痛み、それから心の痛み以外にも、先ほどありましたけれど社会的な痛みですね、それから霊的な痛みとかございまして、例えば経済的に困っているとか、或いはどこで療養するのか迷っているとか、そういったこともありますし、そういった相談はもちろん「緩和ケア外来」で受けるんですけども、そういった時には、じゃあ「がん相談支援センター」に行ってくださいって言って、がん相談センターに紹介をしたりですね。そういった患者さんをいろいろな専門の部署につなぐという仕事も非常に大きいです。
それともう一つは、患者さんがこれからどういう風に過ごしたらいいかわかんないという時に、これからどんなところで療養していくのかという療養場所の選定というのが非常に大きな問題になります。で、多くの方、最期まで自宅で居れたら自宅で居たいって方が多いですから、それを実現するためにはどうしたらいいかを一緒に考えていく。
で、それも専門部署につなぐということをしています。ですから、「緩和ケア外来」というのはどっちかって言うと症状緩和と、行き先をいろいろ整理してあげるという仕事でしょうかね。療養場所の中に一つは「緩和ケア病棟」があります。やはり最期まで家で居たいんだけどやっぱり介護する人もいないし、いろいろ家に居たら不便で、いざとなった時に対応できないので、そういう痛みとかを緩和してくれる専門の病棟が欲しいと言われる方もおられますので、そういう方を「緩和ケア病棟」に紹介する、という仕事もしています。ですから、道路整備みたいな仕事をしてると思っていただいたらいいと思うんですけど、「緩和ケア外来」はそういうような仕事をしております。今、うちの病院では緩和ケア外来は週3回なんですけども、できれば毎日毎日緩和ケア外来に来ていただけるような体制をこれから作ろうというように思っています。以上です。

菊井

先生、ありがとうございました。少し先生に整理していただいて、私たちも頭の中を整理して、「緩和ケア外来」って、なかなかね、外科の先生とか婦人科の先生にかかりながら緩和ケア外来を受けるってのは患者にとってはちょっとハードルがまた高い。でも行けば症状緩和もしていただけるし、自分の背景にあること、自分の中にあること、いろんなことを整理して下さると。とてもいい場所だということ、今わかったんですけども、なかなか「緩和ケア外来」に行くにはどうしたらいいか、急に振りますけど、細井さん、いかがでしょう?

細井

私共のところにも、よその病院でがんがもう悪くなって来てるから、ホスピスとか緩和ケア外来とか行けって言われたって、患者さんご本人から相談があることがあります。でもまあ原則としては今までかかってる先生の紹介状を持ってきていただいて、それを見ながら一緒に相談しています。
だけど、なかなかね、その先生によってはですね、「まだ早い!」とか言ってね、かかりたいと思ってても紹介状書いてくれない先生もいらっしゃいますね。で、そういう先生がいらっしゃる場合には、でもどうしても相談したいというのであれば、無くても来てもらったらいいです。私共の病院では「ホスピス外来」と言ってますが、ま「緩和ケア外来」のことですが、それは「がん相談支援センター」みたいなことをやってます。
それは今まで治療を受けてる病院でいろいろ相談してきて、ホスピスを勧められて来たけれども、なぜ自分がここへ勧められたか解らない。もっと治療したいと思っているのに、こっち行けと言われた。とか、そういうような悩みを抱えてくる人達がたくさんいます。そういう人たちの悩みを一緒に聞いて、その後の中で感じてる生きづらさを相談しながら、在宅をするためにはどうしたらいいでしょうかというような質問であれば、在宅進めるような手配を一緒に考えたりね、それからもっと抗がん剤がしたい、どうしてもうこれができないのかという相談については、一緒に悩む。
で、今両方、治療してる先生とうちに来てるとすれば、今度はこういうことを先生の方に言うてみたらどうや。とにかく自分はもっとしたいんやけどということを言ってみたらいい。それが相談支援センターの山本さんのところに行けばそういったことがもう一回自分の納得いくように説明してくれるということですからもう一回そういう風に行ってみたらどうかということを言ってみたりとか、もうここ来たら終わりと思ってくる人も多いですが、「ここから始めよう!」ということを思ってますので、今の患者さんの問題点をもう一回、堀さんは「整理して」って言いましたけど、ま、やっぱり整理して、今あなたにとって何が必要なのか、ということを考えてやります。
やはり、これだけは言うとかなあかんのですけど、やはりよくなろう、良くなろうと思っても限界がある、それを先送りにするとか、それを置いといて今何とか取り繕うような、それだけのことを考えて来られててもなかなかそんなうまいこと世の中行かない。やっぱり自分の現状をしっかり知って、医療として、今日本の国民としてどういう風なことをすれば自分がこの現代において人生を全うできるのか。そのことをやはりホスピス、うちの緩和ケア外来では考えています。
そこんところへの、やっぱり、今まではお医者さんに頼ってたら、看護師さんに頼ってたら、病院に頼ってたら何とかしてもらえる、そういう考え方の中だけで外来に来られてるだけでは対応できないことについても一緒に考えよう、一緒に悩もうというスタンスでうちではやってます。さっきの最初の質問から言えば、とにかく今まで最初にかかってる先生の紹介状をもらってきて頂きたい。それが無理だったらいらない。それから紹介状がなくても訪問看護の人たちがそういう情報を持っているのであればそういう人たちの情報をもらって患者さんを診ることもあります。
だから、困ってたら来てもらったらいいです。うちのホスピスの玄関のところには、「ホスピスは、ここへ来たら終わりじゃなくて、ここから始めようという場所です。」というのが一つ書いてあります。もう一つは聖書の言葉なんですけど、「すべて重荷を負って苦労してる者は私の元へ来なさい。あなた方を休ませてあげよう」ま、基本的には、そのボウリューさんがやりたかったのはそれですから、そのボウリュー精神にのっとってやって行こうと思ってます。

菊井

ありがとうございました。いま、一つ、患者もそうなんですけど、家族ももう少し抗がん剤とか治療してもう少し頑張ろうって思ってる。患者はもう治療しんどいけど家族がもうちょっと頑張ってほしいと思てる、その辺って、本人と家族が違ったりを、先生が、「いやいやもうちょっと治療やりましょう」とか言われたり、患者が覚悟を決めるって言うのは、治療を終える覚悟かもしれないけど、それは自分が次を始めて人生を生きていく、そのステップをしていくところ。そんなところを後押ししていただけるのが「緩和ケア外来」なので、ここにいらっしゃる医療者の方も、「いやいやまだ大丈夫」じゃなくて、その時に患者さんや家族さんのお話をしっかり聞いていただく、それで患者とか家族の気持ちを整理していただくというような、そういう風な丁寧なやり取りが概念で言う「緩和ケア」なのかなと思いました。
花木さんがちょっと言いたいなと。

花木

「緩和」ということが定義がぶれてきたので、「緩和ケア」とはやはり化学療法、そういう治療をしながらでももちろん受けられる治療です。そういう治療している時から、快適な空間を作る。みんなで考えていく。そういうことで、実際寿命も伸びるんですよ。これはもう結局しっかりわかってて、もう月単位で伸びます。ですから、最初に病院にかかった時から「緩和ケア」を受けるということは意識しといて下さい。あと、医療者が勧めるのは、あくまでもガイドラインに乗ったベストなのです。患者さんはやっぱり自分の家族とか社会、仕事のこともありますんで、患者さんのベストとはまた違うんですね。で、そこは医者のベストに合わせるんではなくて、自分のベスト、ただそれはやっぱり申し訳ないですけど素人さんなのでちょっと誤解もあったりしますんで、医者と患者さんが二人でやっぱりよく話し合って自分達のベストオブベストを見つけていく作業をしてください。

菊井

ありがとうございました。なんとなくこう「緩和ケア」について解って来たかな、と。患者がどうすればいいか、また医療者がどうして下さったらがんと良い向き合い方ができるかということが解ってきたような気がするんですけれども、一つ大きな痛みのコントロールってすごくがん患者さん大きいんですけど、それも話していただこうと思っていたんですけど、少し時間が押しているので、もう一つ霊的なことって、霊的って言うとすごくまとめ上げてますけど、そういったことを水野さんは少し良く考えてらっしゃいますよね。
え、考えてません。え、え。じゃ、考えてないってことでいい?

水野

いやいや、きゅうに振るから。いや、いいですいいです。
先ほど、今までの話の続きで行くとさっきの先生方との、患者とのギャップって言う問題に対しては、確か、永六輔さんだと思います。患者の、「いい患者の十か条」の中に「遠くの名医より近くの獣医」。「遠くの名医より近くの獣医」って言葉があったと思うんですけど、それはどうしてかって言ったら、獣医さんとは物言わぬ動物と接してるからいろいろ想像してあれしてくれる。
だから、今日は先生たちにものを言う会じゃないんですけど、先生たちももうあと2歩ぐらい患者に近付いていただくと、コミュニケーションできるかなという風に感じます。その反対ってのが先生たちあると思いますけど、まあちょっとそれは別にして、それがら、霊的なことに関して、ってことですけど、さっき堀先生が言われた「緩和ケア」って概念だよって言葉を伺って、「あぁそうなんだ!その通りだ!」と思いました。「そうだ、概念なんだ。」それで、霊的痛みって言うことを初めて言い出したのは、僕の考え間違ってるんだったら、細井先生、後で補足していただきたいんですけど、ドクターソンダースですか、「緩和ケア」のページを見ると、四つのペインの話が出て来ますけど、霊的な痛みって言うのは人間の心の中の根源にある痛みだろうと思うんですね。ですから、当然身体的な痛みとかもやもやだとか、精神的な痛みだとか社会的な痛みだとか、そういうものをずーっと突き詰めていくときに霊的な痛みってのは出てくるんじゃないかと思ってます。
それで、僕は二つあると思うんですけど、一つは自分が死に接して死に向かっていくときに、その死に向かう恐怖はあるんだけれども恐怖に打ち勝って、それでも自分は生きるんだという決心をする。その決心が正しいかどうかって考えるよりもちゃんと自分は生きるんだという決心をすることが一つ大事だし、それからもう一つは、さっきの一番最初のスライドの中に出て来たと思うんですけど、トンネル、最後の場面でトンネルが出て来ますけど。がんになった時って言うのはトンネルの暗闇の中に叩き込まれたような感じ持ってますけれども、その中に光を見てどうやってその光に向かっていくか、で、どうもそのトンネルの中に光を見るって言うのは人生に対しての希望ってのを絶えず見ていく、そういう努力が必要で、その辺が僕は霊的な痛みって言うことの意味するもんだろうと思います。
おそらく、僕が考えているのは、どうも僕があまり他力本願になれなくて、自力本願なんですけど、そんなこといくらもがいたって結局は神様が見てるんだよって言うようなことになると思うんですけど。どうもそういうことを初めに示唆したそのソンダースって言う先生はすごいなと思いますし、それがすごいなと思うと同時に、そのソンダース先生が霊的な痛みって言うのともう一つ、全人的痛み、トータルペインって言葉を持ち出して、どうも霊的痛みと全人的痛みってこううまく概念を整理していくと、概念じゃなくて、自分の心の中でその辺を繰り返し考えていくと、どうもがんって言うのは、単にこわがっていちゃいけないんだ、がんになっても生きていかなくちゃいけないんだ、そういう希望が見えてくるような感じがするんですね。その辺がおそらくいろいろホスピスケアやなんかで、さっきの緩和ケア病棟でもいいですけど、そんなことでやられてるんだろうと、そんな風に考えてます。

八木

はい、ありがとうございます。
今日はですね、フロアの方と本当にああだこうだというお話をしたかったんですが、もういよいよ時間も迫ってきました。というか、もう終わりの時間になってきましたが、一つだけ紹介しておきたいのは、今日お配りしていたこのカード、カードの裏側にですね、がん患者サロンって言うのがありますね。今日プレゼンテーションでも出て来ましたけど、がん患者サロン、私たちのピアサポーター、私たちもがん、或いはその家族ですが、そういった者が運営をしておりますので、同じ仲間ですので気軽に参加していただければと思います。この、「療養情報」の30ページの方にも一覧表が出ておりますので。現在滋賀県で9箇所やっております。もちろん無料です。予約も、していただければありがたいですけど、無くても大丈夫です。それぞれ時間が1時だったり、1時半だったりしますけど、是非これを見て来ていただければと思います。患者同士、家族同士、同じような共通のテーマでお話しましょう。
これで最後になりますが、今日参加頂いてるパネラーの方々、それぞれ、一人ずつ、一人30秒という厳しい縛りがありますが、患者さんの方からは医療者に望むこと、医療者の方は患者に望むこと、特に緩和ケアについてですね、30秒以内ですいませんがよろしくお願いします。

花木

患者さんはがんに立ち向かうだけいろんな負担を背負いますので、こちらが何かをしてくださいということは、私たちはないです。ただ、お願い申し上げたいのは医療者に対して遠慮したりしないことですよね。先ほど言いましたように、ベストオブベストを見つけるためにはお互いの努力とか協力が必要だと思います。以上です。

細井

ホスピスで患者さんたちを診ていると、生きたくても生きれない、死にたくても死ねない、まあそういうところの状況です。ですから我々はそれに寄り添うというか、それに付き合ってます。何とかなります。はい。

山本

目の前にいる皆さんが縁のある方やと思います。だから、医療者も、来て下さった患者さん、ご家族さん、すごく大事にしますし、やっぱり患者さん達も医療者に近付きつつコミュニケーションがやっぱり一番大事で、自分も納得できる一つの底辺かなぁと思いますので、皆さん、やっぱり先生とか言いにくかったらこちらも利用していただいていいので、ちょっとでも、これでいいなという思いをつくってもらえたらな、と思っております。

八木

そしたら、患者さんの方。

多田

私は非常に恵まれている治療をしているので、医療者への希望というよりは、今受けている私の医療者さんたちの、他の病院でも、私に接して下さるような感じ、皆さんが受けられるようならと思うので、まず私の主治医はたくさんいます。いっぱいかかっているので、全て、必ず診察室に入ると笑顔です。私はちょっと勇気がいりますけど、必ず主治医と診察をした後は、全員の先生と握手をして帰ります。その握手を拒まず受け入れていただきたいなと思います。

野崎

患者一人ひとりには人生があって一人一人のドラマがあると思います。是非病気を見るんじゃなくて、患者個人を見て下さい。お願い致します。そして、治療は私の場合手術しか医療者の方からは提供いただけませんでしたけど、他にも治療法があるよというような情報を医療の方から是非投げかけていただきたいと思います。よろしくお願い致します。

水野

日本の患者は二流以下だって言う言葉を聞いたことがあります。一流患者、三流患者って本に書いてあって。先ほど堀先生が言われた、緩和ケアって概念だよって言うことですけど、概念をどうか技術に変えるって言うか、その実績って言うか、医学上の実績とか事例とか、そういうものをどんどん出していただいて、これは患者も一緒に努力しなくてはいけないことだと思うんですけど、そういうものを作るためのお手伝い、できることはしたいと思いますので是非よろしくお願いしたいと思います。

八木

ありがとうございます。
そうしましたら、今日の司会の方から一言ずつ付け加えて終わりにしたいと思います。
私、八木の方からは医療者にお願いしたいということを、一つ申し上げますと、私の主治医さん、「パソコンだけ見ないで私の顔も見て!」ということで、お願いしたいと思います。

菊井

私も医療者の皆さんにお願いです。この今日のテーマが、「がんと診断された時からの緩和ケア」になってますけれども、「がんかな?」と思った時からが本当にもう緩和ケア始まっているので、そういった気持ちで患者を、患者にもまだなってないかもしれないですけど、自分の目の前にいる、困ったことを苦しんでいる人をそういった目で見ていただいて、しっかりサポートしていただきたいなと思います。こういったこと、私たち、滋賀県のがん対策で委員として入っていますので、是非、堀先生、緩和ケア推進部会の中で今日の意見を取り上げて、また滋賀県のがん対策、緩和ケア推進を進めていただきたいと思います。
座長も不慣れでしたし、もっと意見聞きたいと思って、時間もたっぷりあったんですけど、時間って短いですね、本当に。これで終わりにしたいと思います。本当にありがとうございました。終わります。


ありがとうございました。パネラーの皆様、会場の皆様、本当にありがとうございました。たくさんのお話、思いを聞かせていただいたと思います。ありがとうございました。